生物に学ぶ 翼友8号 OB会会長 東 昭 航空機を専門とする者にとって、翼についての流体力 学は、いわば基礎の学問である。そこでは翼は薄い板が その平面に沿って前進する、いわゆる固定翼の場合と、 翼が一端の垂直軸の周りに回転する回転翼の場合とが扱 われ、前者は飛行機に、後者はヘリコプタに用いられて いる。 飛行機の場合には、固定翼は機体を重力に逆らって持ち 上げる力、すなわち揚力を発生させることにのみ使われ、 前進に伴う機体の抗力に対抗する推進力は、別な推進機関 がこれを受け持つ。 一方ヘリコプタの場合には、回転翼は機体重量を支え るLと、前進に必要な推進力とを、回転面を傾けるこ とで両方同時に発生させることができる。 いずれの場合にも翼は、亜音速で飛ぶ限り、翼弦よりは 横幅(スパン)の大きい方が有利である。 さて、他に翼の有効な使い方は無いものかと、自然淘汰 の著しい、したがって生態に合わせて効率良く使われ ている筈の生物の運動に範を求めてみた。力学的に可能 な翼の使い方の全てが網羅されていることを順々に発見 した時の悦びを御想像頂きたい。 空を飛ぶ生物の鳥や昆虫は、先の固定翼を利用した無 動力の滑空飛行の他に、翼をその一端の縦の水平軸の周 りに揺動させる運動、つまり羽ばたきで飛行する。羽ばたき 翼は回転翼同様、Lと推進力との両方を同時に発生さ せることができるので、レオナルド・ダビンチを始めと して、多くの先人が人類の飛行の可能性をまずこの方法 に求めた。とかく見落とし勝ちであるが、この方法の大事 なことは、重心近くに翼を配置できることで、それなれ ばこそひっくり返らずに安定な飛行が可能なのであって、 後述の他のいずれの方法でも空を飛ぶことはほとんど不可 能である。 高性能の飛行をする鳥で面白いのはアホウドリで、太 平洋をわが庭のように自由に滑空で飛び続けるが、これ は風速の上下勾配を利用したダイナミック・ソアリング による。 変わっているのはイカの飛行で、トビウオより速いが、 飛行距離は短い。三角形のフィン(鰭)を前翼に、10本 の手(足)を骨として膜を張った楕円翼を主翼とした本格 的なカナード翼機の見事な編隊飛行は素晴らしい。膜は 生来あるものなのか、あるいは飛ぶ前に墨を吹くように 粘りをだして空中で手(足)を伸ばしてインスタント翼を 作るのか、私には今のところ判っていない。 水中を泳ぐ生物は、浮力が体重を支えるので、旋回を 除いて運動は専ら推進のみに頼る。推進力だけなら、翼 を使わなくても、例えばイカやタコのようにジェットを 噴出するとか、ヘビやウナギのように体をくねらせると かいった幾つかの方法があるが、翼の使い方にも面白い ものがある。 先ずはボートのオールのような翼をその平面に垂直に 動かして得られる抗力と慣性力とを用いる方法は水掻き による水鳥の遊泳を始めとして、多くの水中生物の泳ぎ に見られる。戻しに当って、オールは抗力が少くて済む 空中を返すが、水掻きは通常小さくすぼめられる。 これに反して和船の櫓や*は、翼をその一端の垂直軸 の周りに揺動させる。回転翼のように一方への連続回転 ではなく、往復運動である。同じ動きを魚の胸鰭が行う が、渡りがこの遊泳脚の運動にそれを発見した時は感激 した。 多くの魚の推進は底鰭の左右の運動で得られるが、こ れは翼と見たてた尾鰭の前方にある水平軸周りの揺動で、 丁度団扇で風を送る時の動作と同じなのでこれを扇ぎと 名付けた。速度の速い回遊魚の翼幅が大きいことは飛行 機の翼と同様で嬉しい。 鳥類以外にも水中で羽ばたく奴が以外と多いのに驚か される。カメの前脚、ギンザメの胸鰭、マンボウの背鰭 と*鰭もさることながら、座頭クジラが大きい前肢(鰭) をいっぱいに打下している豪快な写真にお目にかかった 時も、イカの飛行の写真と同様に思わずうなってしまった ものである。