俺たちにカネは無い 翼友14号 平成元年卒 野村 恵子 「あれたけ金を使っておきながら、タめしの内容がこ の程度とは許しがたい。深く反省するように。」 会計係の0君が、モシャモシャ頭から湯気を立てて怒っ ている。食当のF君が、巨体をもじもじさせて困ってい る。毎度のこととはいえ、どうしてこうお金がないのだ ろう。合宿中は、毎晩みんなが寝静まってから、今まで いくら使ったか、予算をオーバーしていないか調べ、こ れからいくら要りそうか、最終日までもちそうかどうか を一通り心配するのが、会計係の日課である。 合宿中の一日の食当費は、九千円弱として見積ってあ る。一万円を超えるようだと、何か目新しいメニュ−で 皆を非常に喜ばせたような場合でもない限り、見逃すわ けにはいかない。一日ではたかだか千円かそこらの違い でも、十日間の合宿では一万円が浮く。一万円といえば、 二十人がレストラン神明へ行って、格段に豪華な夕食に ありつけるだけの金額である。ただしメニュ−は味噂しょ うが焼き定食か、豚カルビ定食(いずれも四百八十円、 ライスおかわり自由)に限るが。今とき一万円で二十人 がハッピーになるなら安いもの。ケチケチせずにパーッ といきたい気持ちに駆られることもあるか、もう五万円 余計にあれば合宿を一日のばせると思うと、やっぱり 倹約第一、ぜいたくは敵である。 数ある出費の中でも、ことに頭の痛いのは、機体の保 険料である。かなりまとまった金額が必要だし、なかな か切り詰めるというわけにもいかない上、支払い期限が はっきりしている。電話で契約を申し込んでから、一カ 月以内に支払えば、それまでの間は保険会社の方で立て 替えておいてくれるのだが、一度でも一カ月の期限に遅れて しまうと、それ以降の契約では、申し込み時に全額支払わね ばならなくなり、一大事である。合宿前に前払いをする 余裕などあるはずもない。(飲み屋でもあるまいし、ツ ケで保険をかけるなんて、そもそもありだろうかという 疑問もないではないが、それはまあ置いておこう。) そういうわけで、契約の申し込みの電話は、合宿や陸 送の直前にかけ、保険料の支払い期限をなるべく先にの ばすのが会計係の常識である。合宿が終ったらスッ カラカンに決まっていると内心思いつつもついつい、 「合宿から戻り次第、すぐに振り込みます。」と言って しまうのは人情というもの。合宿から帰って2、3日し たら、「申し訳ありませんが、来週まで待って下さい。」 とお願いすることになる。せめて連絡だけはまめにする のが、最低限の誠意というもの。それから部員に電話を かけて、部費を2千円とか3千円とかずつ集め、最後に 自分の貯金から1万円ぐらい下ろしたりして、期限ぎり ぎにに銀行に駆け込む。既に必要なかったことがわかっ ている保険にお金を払うのは、何となく空しいものだ。 でもそういえば保険に関しては、嬉しい思い出もある。 一つは、保険料の支払をもう少し待って欲しいと頼み に行って、紅茶とケーキをご馳走になったこと。もう一 つは、合宿が予定より短くなった時に、残りの何日分か をキャンセルしたら、キャンセル料も取られずに、差額 がそっくり戻ってきたこと。別に儲かったわけでも何で もないが、妙に気が晴れた。実はASK21の事故の時も、 真っ先に頭に浮かんだのは、「明日以降の保険をキャン セルしなくては」ということだった。早速電話して、事 故のこと、正式の保険証書が至急要りようなことに付け 加えて、キャンセルの件を依頼したが、「その前に、一 旦保険料を払い込んで下さいませんと、証書も出せませ ん。」といわれ、当然お金が足りなくて青くなった。 なんのかんのと言ってもやっぱり、学生だからという ことで大人では許されないことも世間様は多めに見て 下さっているのだと感じることがよくあった。それ でも1万5千円の支払が未納のまま、何カ月も音沙汰 無ければ、さすがに堪忍袋の緒も切れるというものだ。 怒りをぐっとおさえつけたような声を聞いて思わず、 「申し訳ありませんが、いま係の者がおりませんので、 私ではちょっと分かりかねますが、さっそくお支払いす るよう申し伝えます。」と、丁寧に居留守をつかってそ の場をしのぐ。誰かが請求書をもらったまま、忘れてい るのだろう。とにかく、お金の方をなんとかしなければ。 会計袋の中を見ると、もう小銭しか残っていない。よく あることだ。部室に来る部員を一人一人つかまえて、部 費集め。払いが悪いと思っても、それを顔に出しては逆 効果である。みんなグライダーだけのために生きている わけではないんだと肝に銘じて、「悪いわね。助かるわ、 ありがとう。」と言ってにっこりするのが正解。 泣こうがわめこうが、航空部にお金がないことに変わ りはない。今にして思えば、いつも楽しげでおおらかで あった小林さん(S62年卒)こそ、会計係の鏡である。