Short Bubble 翼友11号 部長 佐藤 淳造 空気にはわずかばかりの粘性がある。その量は、ごくわ ずかな為に、物体の表面で粘性の影響が観察される部分は、表面に近いごく薄い 層にかぎられており、この境界層 の中で気流の速度は急激に変化して、物体表面ではいつも物体に対する相対速 度が零になっている。グライダーの主翼などの表面に出来る境界層は、翼の前縁か らしだいに厚さを増すが、後縁でもせいぜい数センチメールにしかならない。 この境界層の内部では、前縁に近い出来たての部分では流体が層状にきれいに並ん だままで流れているが、やがて不規則な乱れた流れに変わり、前者を層流境界層、 後者を乱流境界層と呼んでいる。グライダーにとっては抵抗が小さいことが大切であ るが、そのような点からは、乱流境界層より屠流境界層の方が、断然摩擦抵抗が小 さくて有利だ。グライダーの翼や胴体の表面をつるつるに仕上げてある1つの理由 は、境界層がなるたけ下流まで層流で流れつづけられるようにと孝えてのことであ る。層流境界層は、ちょっとした表面の凸凹などで、あっさ乱流境界屠に遷移して しまい、二度と層流にはもどらないのが普通だ。 主翼の表面では、色々努力はしてみても後縁まで層流を保つことは出来ない。そ こで翼のどこかに層流と乱流の境目が出来るのだが、そこにしばしばShort Bubble 呼ばれるいたずら者が出来あがる。もともとShort Bubble は、層流境界層が抵抗は小さいが流れを表面に付手させつづける力にとぽ しく、たやすく流れの剥離を生じてしまうことによって生ずるもので、いったん 剥離したShort Bubble 境界居が乱流に遵移して再び物体表面に再付着するために生ずる「気流中の泡」 のことである。 Short Bubble の大きさは、翼の迎角や機速に応じて変化するが、グ ライダーの主翼上でもせいぜい数ミリメートルの大きさしかない。なりは小さい が、この泡が生ずると、それより下流の境界屠はすべて乱流となる。しかも、一 度剥離をしているために、自然運移をしたものにくらべて厚くて抵抗の大きな乱 流境界層が出来てしまう。すべての飛行状態でShort Bubble を無く することは困難であるので、少なくとも巡航状態では自然運移によって Short Bubble なしに層流から乱流へ境界層を遷移させておきたい。翼の上の圧力分布に 工夫をこらしてこれを実現しているのがWortmannの翼型であって、この 細工のおかげで遷移点より下流の乱流境界層にほどこした別の細工も効呆を発揮 しうるようになっている。最近では、オランダの研究者があみ出したTurbulator というものを付けたドイツのグライダーがみられる。これも Short Bubble をつぶす道具で、翼の下面にあけた孔から取り込んだ空気をコ上 面の丁度Short Bubble が出来るあたりの小孔から吹き出してやるよ うにしてある。こうすると吹き出したジェットによって層流境界層が乱されて乱 流へ遷移してしまうので、たとえBubbleをつぶし切れなくても充分に小さ くしてしまうことが出来る。ただし、これをうまく働かせるには、小さい Short Bubble に丁度空気を吹き込まねばならないし、空気を入れすぎる と、そこから剥離を生ずるおそれがあるので、かなり微妙な手加減が必要である。 又、このShort Bubble は音を出すことも知られている,夜になって から餌をあさるふくろうにとって、こっそり獲物におそいかかるには、羽音が邪 魔だ。ふくろう の翼にもほっておくとShort Bubbleが出来て羽音が大きくなる。そ こで神様は、ふくろうの翼の前縁に小さな逆毛を一列に植えて、これから出る渦 によってShort Bubbleを消すようにされたという。NASAの有名な 学者がこれを見て、Serrationという逆毛代りの道具を翼 に付けることを孝えた。ただし、これはグライダーに使 われた例はまだ聞かない。 Short Bubbleのいたずらとして、最も パイットに恐れられているのは急失速だご。翼型によっては、迎角を大きくし ていくと、じきに揚力が迎角に伴って大きくならなくなり、翼の後縁から流れが 剥離しはじめて、更に迎角を増すと剥離域が前方まで広がって来る。この種の翼 の失速は徐徐に生じて来るし、揚力が最大値に達する前から抵抗の増加が激し く、機体の沈下牢がふえてしまうので、パイロットがだまされることは少ない。と ころが、ある種の翼では迎角を増すにつれて、いくらでも揚力が槽大し、抵抗 はあまり増加しないものがある。パイロットは安心しきって速度を下げてサー マルの中で急旋回をしながら上昇をねらうことになる。ところが、ある迎角で突 然Short Bubbleが破裂するのだ。破裂すると云うのは、乱流境界層 として再付着するのを止めにするということで、つまりは突然失速するというこ とだ。 迎角の大きいときは、Short Bubbleは翼上面の前縁に近い所にある から、これがburstすると途端に大きな揚力を失うことになる。翼端のあた りでこれに見舞われると、あとは皆さんおなじみの錐揉みだ。 どのような理由でShort Bubbleのburstが起るのかは、いまだ 充分には判明していない。最近はLaser Doppler流速計なる道具 が出て来たので、これを使って小生の研究室でも実験をやっている。相手が小 さいので、新式の道具の助けをかりてもたいへんな作業だ。 Short Bubbleは自分で音を出すだけあって、逆に音を 間かせてやると色々の反応を示すのも面白い。そのうちグライダーで飛ぶとき は、「マイケル・ジャクソンはShort BubbleBurstをおこして危険 だからベートーベンをながら飛ベ」などという話が出て来るかも知れない。 翼の上に生ずる空気の泡には、もう一つLong Bubbleと呼ばれるものもある。 これは翼の厚み比の小さい薄翼の上に出来るもので、水平尾翼の設計に手 を抜きすぎたりすると、これにやられる可能性がある。折祇飛行機などは、いつ Long Bubbleを背負って飛んでいるので性能はある程度以上絶対に 良くならない。 翼の表面にごみが付着したままで滑空していると、プラステイック製のつるつる な地肌に関係なしに、ごみの粒子が出す気流の乱れの為に乱流への遷移が前緑の 近くから生じてしまい、せっかくの層流翼の性能が出なくなる。そんな手入れの 悪い奴等には、Short Bubbleは無縁である。