アリゾナ遠征記  去年の今ごろ、4年生のこの時期は暇だ、と聞いていたのでもしかしたらどこかに 行けるかも知れない、と様子をうかがっていた。そこにきて研究室の先生が出張する という話を聞いた。出発の約2週間前である。パスポートを引っ張り出してみると期 限切れだったのであわてて申請し、滑空場を調べ、予約を入れた。  ふつうグライダーといえばオーストラリアが有名だが、この時期は冬なので休業中 であった。とすればアメリカだが、ミンデンはVHFを使ってコンタクトしなければ いけないようなので英語に自信のない私は敬遠して、エストレラに行くことにした。  到着した日は滑空場の所長さんに迎えにきてもらい、FAAのオフィスでライセン スの書換を手伝ってもらい、スーパーによってもらって食料品を買い込んだ(後日、 TCAチャートを買ってきてもらう)。この日は時差ボケ解消のため13時間も眠っ た。  翌日、チェックフライトをグローブで行う。この滑空場はふつうはライセンスをと るために来る所なので日本人は下手ばかりと思っていたようで、君ほどソロで乗って る人は来たことがない、といわれた。この日はB4の慣熟飛行を行った。B4は舵が やたら重くて疲れた。後でよくみたら、左翼のエルロンテープが剥がれていた。  フライト2日目、5時間トライにでる。食料のカロリーメイトと、水をボトルに3 本、非常用ゲロ袋2枚を持って行った。食欲はなかった代わりに、気持ち悪くもなら なかった。3時間半くらいで、「なんでこんなことやってるんだろう」と思い始め、 4時間半あたりで退屈さに耐えられなくなった。FMラジオを持っていたので聞いて いたが、同じ周波数に複数の局があるのか、旋回していると姿勢によって入る局が違 う。聞いてて楽しくなかったので聞くのをやめた。飛行機曳航の機長の飛行時間が、 初B4で倍になり、さらに翌日倍になった。  3日目。銀章科目の50km=Silver Distanceトライにでるため、複座で50km を行う。離脱高度が1500ftで、しかも離脱後300ft降下しなければ行けな いので非常に辛い。この日は条件がよかったため、1時間半で100kmのコースを 飛べた。あとはひまつぶしに1−26に乗ってみることにした。これはスパン10m のちいさな機体で、しかも前縁がべこべこにへこんでいる。一抹の不安を抱えながら 出発した。タイヤから「ゴロゴロ(ガーガー)」音がするので、ひどいタイヤだなあ と思っていたら、すでに離陸していた。タイヤの音ではなく風の音だったのである。 なかはすごくうるさくて、(30分しか飛んでいないが)降りた後も耳がキンキンし ていた。ちょうど、「15年前の掃除機で後頭部の髪の毛を吸われているような音」 である。教官に「君はこれで5時間をすべきだった。このほうがcheaperだ。」とい われたが、この機体で5時間も飛んだら耳がおかしくなってしまいそうだ。スポイラー (エアブレーキ)は気休め程度にしか効かないが、この機体の着陸はすごく簡単であ る。  翌日はいよいよ50kmトライである。前の日ほどサーマルは強くなかったが、2 時間かけて往復100km飛ぶことが出来た。離脱高度が低いため、金章高度Gold Altitudeに挑戦した。上空では酸素が薄いので計算違いをしないようにと思いよく考 えて、3000m獲得してからさらに1000ft余分に上がっておいた。実はこれ も計算違いで、結局ぎりぎりでOKだった。  5日目はスタンダードリベレに乗った。キャノピーの形のせいか、わずかなすべり でも毛糸が横を向く。しかもラダーの効きが遅くて、滑ったときにラダーを正しい位 置にしても滑りは直らない。舵を積極的に使って滑りを直してから正しいラダーにし ないときれいに飛ぶことが出来ない。機体のロールレートが早くて、センタリングも 容易であった。この日は旋回点を3つ(67km)自分で決めて、これを2周した。  6日目には1−36に乗ってみた(なんか節操もなくいろいろ乗ってるなあ)。 1−26とは違い前縁も丸いし、性能を考慮してかリベットは後縁1/3くらいにし か使っていない。飛行前点検を行うと、エルロンのガタが5cmくらいある。ちょっ と恐い。飛んでみるとまあ、エルロンは気をつければちゃんと飛べる。それよりエレ ベーターのバネが強すぎてピッチを保つのが難しい。トリムを解除したままで飛んだ。 ピッチを少しでも変化させると速度がすぐに変わる機体である。ひょっとして性能が いいのでは?と思った。ラダーにまでスプリングが入っていて、足をゆるめると中立 に戻ってしまう。どういう思想で設計したのだろうか。胴体が大きいため、ちょっと でもすべらせると体が横に押しつけられる。スポイラーがかなり後縁の方に付いてい たためひょっとして、とは思ったが、案の定スポイラーを開くと自分で機首を上げる 特性がある。危険だ。着陸速度は55mphと書いてあったので60で入ればいいな 、と思いそうした(グローブでも黄色三角は50でも60で入る)。しかし引き起こ すとすぐ水平になってしまいなかなか下りない。結局接地したのは29mphだった。 当然のことながら大ロングである。なんということだ、まったく。  この日はなんと曳航機がアウトランディングした。教官がクラブハウスにかけ込ん で来て、「早くでてこい」とさけぶから何事かと思った。曳航機が翼を振りながら砂 漠に落ちたようだ。一時は最悪の状況を考えたが、エンジンフェリアでハードランディ ングしたらしい。幸いけが人も機体の損傷もなかった。しかしこの曳航機はエンジン の調子がおかしく、修理しないと使えないようである。  7日目、スタッフに、「クロスカントリーはしないのか」と聞かれたのでGold Distance Tryをしたい、といった。教官も公式立会人も、300kmコースを知らな いという。準備に時間がかかり遅くなって出発したため、どこにも行けなかった。た だ、第一旋回点の手前にはサーマルが全くないということが分かった。予め計算した 高度であきらめて折り返したのだが、沈下が多く、R/Wから16kmの地点で 800ftになってしまった。使っていない空港があるので一応下りることは出来る が、冷や汗ものである。このとき1ktの強さのサーマルを見つけ、なんとか帰投す ることが出来た。  この日のリベレはバリオが調子悪く、トータルエナジーの指示をしなかった。おか しいなと思って降りてよくみると、なんとベンチュリーがなかった。あわてていると ろくなことがない。  この日の反省を活かして、夜にじっくり作戦をたてることにする。帰投高度を見直 そうとするとなんと、地図の縮尺を間違えていたことに気づいた。32kmのところ に16kmの高度でいたのだ。よく帰って来れたものである。  8日目。最終日。リベレが他の人にとられてしまったのでB4で300kmを狙う。 どうせ300kmを狙うならDiamond Goal にしようと思い、旋回点を変えてもらっ た。  飛んでみると、焦っているためかなかなか上がらない。30分くらいたって気がつ いたが、この日はトップが低いのだ。午後1時半になっても6000ftMSLしか 上がらない(50km飛んだ日は、1時半には11000ft)。こりゃ条件が悪い から今日は早くおりて休もう、と決心したときには気持ちがだいぶ楽になった。する と2時半をすぎたころに11000ftに上がってしまった。「これはスタートしろ、 ということか?」と思ってやむなくスタート。第一旋回点は9000ftでクリア。 途中ビニール袋が舞っていたのでサーマルかと思い入ってみたがなにもなかった。こ のあと直線を飛ぶだけで13000ftを越えた。外は冷蔵庫のように寒い。R/W に戻り第2旋回点をめざす。100kmほどの彼方である。途中に不時着できる空港 が8つあるので気が楽である。いままでのフライトは後ろを見ながら、帰投高度を考 えてのフライトだったが、今日はひたすら前にでることを考える。道路の分岐や町の 分布から不時着用の空港を地図で探し、そこをめざして飛ぶ。だいぶ時間が遅いので あきらめて帰ろうかとも思うが、アウトランディングを覚悟して前にすすむ。第二旋 回点についたのが5時。16kmほど進むと前に進めない高度(次の空港に届かない 高度)になるが、2ktのサーマルを見つけ、ひたすらあがる。もう10kmほど前 進できたが、その間にはもう空気の動揺は感じられなかった。ここまでと思いELOY 空港へ着陸する。飛行機が駐機してあるが人の気配はない。もし誰もいなかったとき のために電話を借りられそうな民家を上から探す。着陸して止まるか止まらないかの あいだにおじさんが自転車で走ってきて手伝ってくれた。人がいて助かった。電話を 貸してもらい曳航機を呼ぶことが出来た。「ポストカードを送るから住所を教えてく れ」とか、「写真をとるから待ってろ」と言われたので格納庫をぶらぶらして待って いた。スカイダイビングをすることろのようで、20人乗りくらいのでっかいプロペ ラ機がいくつかあった。しばらくすると日本人が二人でてきた。桶川の飛行場でいつ もスカイダイビングをしている人だそうだ。グライダーを見るのははじめてのようで、 親切にしてくれてとても助かった。帰りには翼端まで持ってもらった。  帰りは曳航機に引っ張ってもらって帰る。40分も曳航されたのははじめてだ。 「初めてなら、low tow が楽だ」といわれたのでlow tow にするが、CGレリーズな のでちょっと気になる。油断してたるむとキャノピーの回りにロープがくるので気持 ち悪い。離脱して着陸したのはちょうど日没の時間であった。 --- de JF1XPY @ JA1YWX --- /ex